部下への上手な指摘方法

職場でも現場でも、後輩や部下のミスに気づいたとき、つい口をついて出てしまう言葉があります。

  • なんでこんなことしたの?
  • ちゃんと確認したの?
  • 前にも言ったよね?

悪気はなくとも、こうした言葉は“指摘”というより“叱責”に聞こえてしまい、相手の心に壁をつくります。結果、相手は「言い訳」や「沈黙」で防御し、改善につながらないまま同じことを繰り返す――。多くの現場で見られる光景です。

実は、部下への指摘を「質問形」に変えるだけで、コミュニケーションの質が驚くほど変わります。

今回は、「注意ではなく質問で伝える」方法と、その背景にある心理メカニズムについて考えてみます。


注意が“伝わらない”理由

まず理解しておきたいのは、人は「注意される」と自動的に防御反応を起こすということです。

心理学ではこれを“心理的リアクタンス”と呼びます。「自分の自由を奪われた」と感じたとき、人は無意識に抵抗する傾向があります。

たとえば上司から「もっと丁寧に測量しなさい」と言われると、心のどこかで「ちゃんとやっているつもりなのに」と反発が生まれ、表面上は“はい”と返事をしても、行動は変わりません。

土木現場で例えるなら、いきなり他人の施工計画書に赤ペンを入れられたようなものです。「ここが違う」と指摘されるだけでは、なぜ違うのか、どうすればよいのかが理解できず、本人の中で“学び”になりません。

「質問形」で伝えるという発想

ではどうすれば、相手が自分から考え、行動を変えるようになるのでしょうか。そのカギが「質問形」です。

たとえば、

  • この工法(切土・盛土)を選んだ理由を教えてもらえる?
  • もしこの段階で地盤に沈下が出たら、どんな影響が出そう?
  • 重機配置のタイミングを変えたら、安全性が高まると思う?

これらは“問いかけ”の形をしていますが、実は注意や指導を含んでいます。相手は問いに答えるために“自分で考える”しかありません。そして、自分で気づいたことは、自分で直そうとするのです。

指摘する事項を「既にわかっている前提」で質問

効果的な伝え方として、“すでに相手が理解していること”を前提に質問する方法があります。これは、相手を「できていない人」扱いするのではなく、「理解しているけれど、今は意識が少し薄れているだけ」という前提で関わるスタイルです。

たとえば、ベテラン現場監督が若手社員にこう伝える場面を想像してください。

「昨日の路盤の締固め状況を見てて、ちょっと気になったことがあるから聞いていい?所定の品質(密度)を確保することの重要性はもちろん分かっていると思うけど、昨日の現場ではどのくらい意識して確認してた?」

この言い方には、「基本はわかっている」という信頼の前提があります。同時に、相手が“改めて自分の意識を点検する機会”を与えています。

同じ内容を「昨日、締固めの確認が甘かったよ」と言うよりも、相手の心の抵抗が少なく、むしろ「気づかせてくれてありがたい」と感じやすいのです。つまり、“すでに分かっている前提で質問する”とは、相手の自尊心を保ちながら、改善意識を引き出す質問技法なのです。

質問形指導の3ステップ

ステップ1:事実を共有する

いきなり問い詰めるのではなく、まずは「何が起こったのか」を一緒に確認します。

  • 昨日のコンクリート打設、打設時間が予定より30分長くなったね。
  • 現場の巡視記録、安全確認の項目がいくつか抜けていたけど状況どうだった?

ここでは評価や感情を交えず、“観察した事実”だけを伝えることがポイントです。

ステップ2:質問で考えさせる

事実を共有したうえで、次に質問を投げます。

  • 打設時間が延びた原因は、どんな理由があったと思う?
  • 今後、同じことが起こらないようにするには、どこの調整を強化できるかな?
  • 安全の基本は分かっていると思うけど、どの作業で一番ヒューマンエラーが起こりやすいと思う?

このように、理解している前提+気づきを促す質問を組み合わせると、相手が自分から答えを導く流れをつくれます。

ステップ3:相手の答えを尊重し、方向づける

最後に、相手の答えを受け止めたうえで、上司としての方向性を示します。

  • 「なるほど。じゃあ次回は、生コン車の誘導と受入れ準備を○○分早めて対応しようか。」
  • 「今の考え方いいね。追加で△△も意識して、作業員に朝礼で共有するとさらに良くなるよ。」

土木現場で活かす“質問の力”

土木施工管理者の仕事は、工程、品質、安全、環境など、関わる職種や作業が多岐にわたります。その中で最も求められるのは、「相手(職長や作業員、協力会社の担当者)を動かす伝え方」です。

作業員に危険箇所を伝えるとき、若手に測量の意図を説明するとき、発注者と構造物の納まりを協議するとき――いずれの場面でも、“相手の理解を引き出す質問”が大きな力を発揮します。

何で安全ベストの着用が徹底されてないの?」ではなく、「この場所での接触事故のリスク、どこが一番注意が必要だと思う?」と聞けば、相手は自分の中で考えを整理し、行動の意図を持てるようになります。

質問によって“考える習慣”をつくることは、単なる指導ではなく、現場の品質や安全文化を育てる行為です。つまり、「質問形のコミュニケーション」は、土木工事会社の社員が担うチームマネジメントの中核的スキルなのです。


おわりに

「質問」とは、相手の思考を尊重する最高のコミュニケーションです。注意や叱責は相手を“従わせる”方法、質問は相手を“成長させる”方法。

特に、土木の世界のように経験と知識の積み重ねがものを言う職場では、後輩が“自分の頭で考える力”を身につけることが、何よりも大切です。

次に部下のミスを見つけたとき、少しだけ言葉を変えてみてください。

どうして?」ではなく――

  • どうしたら設計図通りに精度を確保できると思う?
  • 品質基準、大切だと分かっていると思うけど、今回はどのくらい意識してた?

その一言が、あなたの現場の空気を、確実に変えます。

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